「ArmはHuaweiと取引停止する」、「HuaweiはRISC-Vを検討している」という報道の真偽を探ります。

RISC-V検討の噂

結論

HuaweiがRISC-Vを検討しているという一部報道がありますが、真偽は不明です。

たしかにHuaweiはRISC-V Foundationというコンソーシアムに参加しており、将来的にRISC-V製品を開発することは考えられます。
しかし「KirinやAscendではArmを使い続ける」とHuaweiは明言しています。
Arm側からも「Huaweiと取引中止するという一部報道は誤りである」と発表がありました。

Huaweiの見解

Gigazineなど各種メディアはChina Dailyの記事をソースとしています。
以下はChina Daily記事の抄訳です。

2019年8月23日、深センでXu Zhijun氏(Huaweiの輪番CEO)を取材し、以下の見解を得た。
HuaweiはARM v8の永久ライセンスを取得しているため、今後のチップ開発スケジュールに関して米国輸出規制の影響は受けない。
もしArmの新技術が将来的に提供されない場合、RISC-Vを使うこともできる。それは困難なことではない。
ただしHuaweiは今後もArmを使う方針であり、RISC-Vへの変更はまだ着手していない。
本件に関し、業界専門家のXiang Ligang氏は「HuaweiがRISC-Vを採用した場合、Armにとって非常に大きな痛手となる。Huaweiは世界最大の通信機器メーカーであり、世界第二位のスマートフォンメーカーでもある。」とコメントしている。

Huaweiは8月23日に深センでAI学習用チップセット「Ascend 910」と「MindSpore」の発表記者会見を行っています。
China Dailyが独自取材を行った可能性もありますが、記者会見ではRISC-Vへの言及はありませんでした。
会見の一部始終はYoutubeで公開されています。

Xu Zhijun氏の質疑のうち、輸出規制に関係する部分を抜粋して紹介します。

質問: 米国輸出規制は今後のチップ開発に影響しますか?在庫を積み増ししたり、代替技術を検討するなど、万一に備えた緊急対策プランはありますか?
回答: 米国輸出規制の猶予期間が90日延長された件に関してHuaweiへの影響は一切ありません。Huaweiは米国技術が規制された状態で生活し、仕事をすることに慣れてきています。今後、緩和されるとも思っていません。こうした環境に適応できるよう入念に準備してきました。したがってAscendプロセッサの開発ロードマップへの影響はありません。
猶予期間のうちに在庫を持つことは意味がありません。Huaweiがどのように対処しているか、ひんぱんに来てくれたらよく分かるはずです。

質問: Cadence(ケイデンス)やSynopsys(シノプシス)のEDAツールが利用できなくなったことはHuaweiのチップ開発力に影響しますか?
回答: ご存知の通り、HuaweiはCadenceやSynopsysと取引ができなくなりました。しかしCadenseやSynopsysの代わりになる企業は他にもあります。10年前、CadenseやSynopsysのツールがなくても半導体設計は可能でした。たしかに開発効率は従来より落ちるでしょうが、克服できない課題ではありません。歴史を振り返ってください。1970年代にインテルがCPUを開発した時、CadenseもSynopsysも設立されていません。

質問: Armの取引停止はHuaweiのチップセットに影響しますか?
回答: Ascend 910やMindSporeに関して一切影響はありません。
Ascend910とMindSporeはAI学習用チップセットであり、匹敵する性能の製品を持つ企業は世界で2社(nvidiaとGoogle)しかありません。
SoCのAscend910はArmコアを利用していますが、HuaweiはARMv8の永久ライセンスを取得しているため、チップセット開発には影響しません。

Armの見解

5月22日、「ArmはHuaweiとの取引停止を社内に指示した」とBBCがスクープしました。
ArmのIPには米国産技術が含まれているため、米国輸出規制に従ってHuaweiとの取引を停止するよう指示するArmの社内メモをBBCが独自入手したとのことです。
Huawei: ARM memo tells staff to stop working with China’s tech giant – BBC News

BBCの報道に対し、Armは「米国規制に従って適切に対処する」という曖昧な声明でお茶を濁していました。
YESともNOとも取れる内容ですが、Armが取引停止を認めたというニュアンスの報道が散見されました。
Arm CEO says it’s complying with Trump’s restrictions on Huawei | Fox Business
Arm、ファーウェイへのライセンス供与停止報道にコメント – ケータイ Watch

9月4日、中国のITメディア「虎嗅」は、Armの中国子会社であるArm Chinaに独自取材を行い、「Armは従来通りHuaweiと取引を継続する」という明確な見解を報じました。
独家专访Arm中国:从未断供华为,合作仍在进行中-虎嗅网

以下は虎嗅の記事抄訳です。

Arm China広報の梁泉(Liang Quan)氏に独自取材を行った。
梁氏によると、ArmがHuweiとの取引を停止したという一部報道は誤りである。
Arm ChinaはArm本社、Huawei、HiSiliconの3社および政府当局と調整を行い、適切な対応を協議していた。調整に時間を要したが、Armの技術がHuaweiを含む中国企業に今後も提供されることに変わりない。ArmのR&Dセンターは世界各国に拠点があり、米国で開発された技術はごく一部にすぎない。

Arm Chinaには500人以上の従業員がおり、その大半がR&D部門のエンジニア。
Arm Chinaが独自開発した一例が「周易」というAIプラットフォームだ。

Arm ChinaはArm本社と中国資本の合弁で設立された会社。
中国の半導体産業は非常に勢いがあり、急速に成長している。
Arm ChinaはローカルでのR&Dやサポートを強化していく方針だ。
Arm Chinaは独立したIP企業であり、完全に自律的に開発活動を行っている。

虎嗅記事が発表されたのは9月4日で、Huaweiが8月23日の記者会見で「Armv8の永久ライセンスを取得している」とコメントした時期と重なっています。
このあたりのタイミングでコンセンサスが取れたのだと推測されます。

考察: 今後の影響は?

Huaweiへの米国規制のニュースは、日本でもHuawei P30 Proの発売延期に波及するなど世間の注目を集めました。
米国のソフトウェア技術の偉大さを思い知らされる事件となりましたが、
一方で「CadenceやQualcommが無くてもなんとなる」と内外にアピールする結果にもなりつつあります。

歴史を振り返れば、かつて日本も似た経験をしてきました。
1980年代、日米半導体摩擦の嵐が吹き荒れた時代です。
なかでも日立対モトローラ事件はマイコンのアーキテクチャが焦点でした。

日立対モトローラ事件

1976年、日立製作所はモトローラ(Motorola)からライセンスを受けて、モトローラの「6800」互換マイコンを開発しました。その後、日立は高速CMOSプロセスの開発など技術革新を進め、売上を拡大していきます。しかしモトローラは日立に売上を奪われていると感じるようになり、両社の関係は次第に悪化していきます。
そして1987年、ついにモトローラは特許侵害訴訟を起こします。

決断のシングルチップ

日立対モトローラ事件は
「どんなに困難でも、完全にオリジナルのアーキテクチャが必要だ」
という危機感を日立にもたらしました。
1992年、日立は独自アーキテクチャのSHマイコン(Super Hitachi)を発表。
デジカメ、ゲーム機などマルチメディア時代の到来と重なり、SHマイコンは大成功を収めました。

参考:

まとめ

ピンチを乗り越えたとき、チャンスが生まれます。

規模の経済(スケールメリット)が支配する半導体産業において、IntelやQualcomm、Arm、nvidiaといったデファクトスタンダードのソリューションの支配力は圧倒的です。しかし貿易摩擦により既存ソリューションに負のスイッチングコストが生じると、その均衡がゆらぎます。

Armもその一例となるかもしれません。
これまでのところ、Armアーキテクチャは高性能・低消費電力性能に優れ、スマートフォン用アプリケーションプロセッサでは独占状態です。

しかし変化の兆しはあります。
ライセンス料でかせぐArmのビジネスモデルにとって、ロイヤリティフリー・オープンソースのRISC-Vは大きな脅威です。
スマートフォン用SoCの付加価値の中心がカメラの画像処理やAI機能にシフトしていることも逆風です。
AI技術は急速に進化している最中のため、IP提供型だと最新トレンドに追いつけません。
AppleやGoogle、nvidiaなどは独自アーキテクチャのAI処理アクセラレーター(KPU)を開発して差別化を図っています。
HuaweiのP30 Proも独自NPUの採用で、圧倒的なカメラ性能を実現しています。

Arm Chinaが語ったようにArmとHuaweiの関係は今後も盤石なのか、
はたまた代替手段としてRISC-Vの開発が進んでいくのか?
Huaweiを含む中国企業の動きに注目し、今後も関連ニュースを発信していきます。
お気づきの点があればコメントしてください。