世界初のエッジAI用RISC-Vマイコン「K210」を開発したCanaanの創業秘話です。
目次
ビットコインとの出会い
Canaan創業者のN.G.Zhang(張楠賡、Nangeng Zhang、ナンゴン・ジャン)CEOは1983年生まれです。
2010年に北京航空航天大学の博士課程に進学し、高性能計算の研究をしていました。
趣味は日本のアニメを見ることです。
人生の転機が訪れたのは2011年、N.G.Zhang氏が28歳のときでした。
ビットコインに出会い、マイニング技術に夢中になります。
最初はGPUを使ってマイニングを始めましたが、より性能が高いFPGAの開発に着手します。
FPGA1号機「Icarus」
2011年11月、自作1号機のFPGAマイニングマシン「Icarus(イカロス)」をbitcointalk.orgというネット掲示板で発表します。
数ヶ月がかりで、ついにFPGAマイニングクラスタ「Icarus」が完成しました。
各基板に2つのFPGA(XilinxのSpartan6 XC6SLX150-2FGG484I)を搭載していて、ハッシュレートは380MH/sです。
冷却ファンをのぞいた基板の消費電力は19.2W (最大負荷時)、3.4W (アイドル時) です。
価格は569ドルです。
興味ある人はDMください。
(bitcointalkの投稿より)
FPGA2号機「Lancelot」
CPUやGPUのマイニングが主流だった当時、FPGA型の「Icarus」はビットコインマニアの間でたちまち話題となります。
手応えを感じたN.G.Zhang氏は2012年5月に自作2号機「Lancelot(ランスロット)」を発表します。
「Lancelot」は「Icarus」の改良版です。
ハード設計は完了しましたが、ファームウェア開発が難航しています。価格は1台500ドルです。
納期は7月予定です。
FPGAはXilinxのSpartan6 XC6SLX150を2個使う構成です。
ハッシュレートは550MH/s超が目標です。
電力効率も「Icarus」より改善しています。
ほかにも温度監視、PWMファン制御、豊富なGPIO、2oz銅の6層基板などの特徴があります。
ハードもソフトもオープンソースで提供します。
1年間の修理サービス付きです。
(bitcointalkの投稿より)
ASIC型マイニングマシン「Avalon」
Butterfly Labsの衝撃
当時のマイニング業界は、マイコンの黎明期のようにガレージメーカーが自作FPGAで腕を競う牧歌的な世界でした。
ところが2012年6月、衝撃的な事件が起きます。
FPGAをはるかに凌駕するスーパーコンピューター級のマイニング専用ASICを開発するとアメリカのButterfly Labs(バタフライ・ラボ、BFL)が発表したのです。
圧倒的なマイニングパワーが特定企業に独占されると51%攻撃が可能になり、ビットコインのシステムが破綻する恐れがありました。
Butterfly Labsの発表を受けて、ビットコイン界隈の議論は白熱します。
ASIC化のパワーを直感したN.G.Zhang氏は、Butterfly Labsに対抗するASIC開発を決断します。
決断のASIC
このときN.G.Zhang氏は29歳でした。
開発に専念するため、大学を中退して退路を絶ちました。
そして2012年9月17日、オープンソース志向のASIC型マイニングマシン「Avalon(アヴァロン)」をbitcointalkで発表します。
慎重な検証を重ねてマイニング専用ASICの研究とシミュレーションが完了しました。
ついに実行のときが来ました。
「Avalon」ASICマイニングマシンを開発します。・ASICはSMICかTSMCを使います。プロセスは110nmか130nmです。
・10年以上のASIC開発経験があるエキスパート集団で開発します。開発リーダーは私の先生です。
・ハッシュレートは60GH/s以上を保証します。
・初回予約は限定300台で価格は1,299ドルです。
・最初のデモ用に約10台を2012年12月につくります。
・量産は2013年の1月か2月予定です。2月から出荷できる予定です。
・このスケジュールは遅れる可能性があります。
(bitcointalkの投稿より)
イカロス、ランスロット、アヴァロンはアニメ「Fate」に由来する名前です。
アヴァロンはあらゆる攻撃を防御できるアイテムで、ビットコインの51%攻撃を防ぐ意味をかけていました。
開発競争
Butterfly Labsの発表を受けて2012年夏頃からASICの開発競争がヒートアップします。
当時、ビットコイン用ASICの開発競争に名乗りを上げたメーカーが4つありました。
Butterfly Labs、BTCFPGA、N.G.Zhang氏のAvalonチーム(のちのCanaan)、烤猫(Friedcat)のASICMINERチーム(のちのBitfountain)の4社です。
Butterfly LabsとBTCFPGAはアメリカ、CanaanとBitfountainは中国の企業です。
Butterfly Labsは当初、2012年10月にASICを量産すると宣言していましたが、遅延が連発していました。
BTCFPGAも同様でした。
世界初のビットコイン用ASICを完成させたのはASICMINERでした。
2012年12月28日、烤猫氏はASICチップが完成したと発表します。
ASICMINER: Entering the Future of ASIC Mining by Inventing It
「世界初」のゆくえ
ASICMINERのチップ完成報告から遅れること約1週間、Avalonチームのチップも完成しました。
「世界初のASICマイニングマシン」をめぐる開発競争はASICMINERとAvalonの一騎打ちとなりました。
勝敗を分けたのはビジネスモデルの違いでした。
ASICMINERはICO(独自の仮想通貨発行による資金調達)型です。
みずからマイニングファームを運営して利益を投資家に還元していく必要がありました。
一方、Avalonはシンプルな予約注文方式です。
Avalonは入手したチップで製造したマイニングマシンの出荷に専念できたのです。
2013年1月19日、Avalon初号機がJeff Garzik氏(有名なビットコイン開発者)宛に出荷されました。
1月30日に初号機を受け取ったJeff Garzik氏は、Avalonの検証結果をビットコインコミュニティに公表しました。
Avalonの性能は圧倒的でした。
桁違いのハッシュパワー(68GH/s)を発揮し、ビットコインをざっくざっくと発掘してみせたのです。
わずか9日間の稼働で本体代金1,299ドルを上回る利益を生み出しました。
Jeff Garzik氏の投稿が決定的なエビデンスとなり、「世界初のASICマイニングマシン」の栄冠はAvalonが勝ち取りました。
烤猫の失踪
bitcointalkでの烤猫の投稿を調べると、ASICMINERがAvalonより若干早く完成していた様子がうかがえます。
しかし烤猫はASICMINERを自分のマイニングファームで稼働させ、その利益を投資家に分配することを最優先していました。
当初はデモ機すら外部に提供されず、ASICMINERの販売が発表されたのは2013年3月でした。
Butterfly LabsやBTCFPGAは相変わらず遅延しており、Avalon初号機も限られた数しか出荷されなかったため、ASICMINERはマイニング市場を一時席巻します。
莫大な利益を手にしますが、後継機の開発方針をめぐって意見がまとまらず、Bitfountainは解散します。
中心的な開発者だった烤猫こと蒋信予(Jiang Xinyu)氏は失踪し、消息は未だに不明です。
謎多き烤猫の栄枯盛衰のストーリーは、ビットコイン版平家物語として中国のネット社会で静かに語り継がれています。
Canaan起業
2013年4月、N.G.Zhang氏は友人のLi Jiaxuan(李佳軒、リ・ジャーシュエン)氏とCanaan(カナン、嘉楠)を起業します。
Li Jiaxuan氏はN.G.Zhang氏と同じ大学院の友人で、ファブレスICメーカーのVimicroのIC設計者でした。
社名の「嘉楠(ジャーナン)」は、Li Jiaxuan(李佳軒)氏の「佳」と音が同じ「嘉」とN.G.Zhang氏(張楠賡)の「楠」から名付けられました。
英語社名の「Canaan」はアニメ「CANAAN(カナン)」に由来します。
起業当時のマイニング市場でAvalonに対抗できるマイニングマシンはASICMINERだけでした。
完成したAvalonで荒稼ぎする方法はいくらでもありました。
しかしビットコインは中央集権のアンチテーゼであり、少数に支配されるべきではないという初志を貫徹し、Canaanは大胆な戦略を選びます。
マイニングマシンのハード設計をオープンソース化し、CanaanはASICチップの開発と供給に集中すると宣言したのです。
Canaanの狙い通り、Avalonチップを使った中小マイニングファームが雨後の竹の子のように誕生し、大手の独走を防ぎました。
NASDAQ上場
その後、ASICの納期トラブルやビットコイン価格の乱高下など数々の難局がCanaanを襲いますが、浮利を追わず、骨太の開発方針で立ち向かっていきました。
結局、2012年にASIC開発競争を繰り広げた4社で生き残ったのはCanaanだけでした。
現在、CanaanのAvalonMinerはBitmainのAntminerに次ぐ市場シェア2位です。
2018年に発表したエッジAI用SoC「Kendryte K210」は、ARM独占に対抗するRISC-Vの実用例として注目を集めています。
そして2019年11月、Canaanは仮想通貨採掘機メーカーとして初めてNASDAQ上場を果たします。
投機的なビットコインの影響を受けるビジネスモデルにもかかわらず、業界首位のBitmainよりさきにCanaanが上場できたのはなぜでしょうか?
N.G.Zhang CEOの足跡をたどって感じるのは、Canaanの本質は「新しい市場ニーズをつかむことに長けた新進気鋭のファブレス半導体メーカー」だということです。
画像出典:
Qi-Hardware
List of Bitcoin mining ASICs – Bitcoin Wiki
ButterFly Labs(2012年6月時点)
Canaan
Random blatherings by Jeff
Bitcoin Forum – Index
インタビュー記事:
嘉楠耘智CEO张楠赓:作为创业者,别人的评价不重要 – 格时财经
Interview: Bitcoin Mining Pioneer, Qi Hardware’s Liu Xiangfu, on Open-Source History – CoinSpice
Meet Yifu Guo, the mand behind the Avalon Bitcoin miners
Avalon Ships Bitcoin’s First Consumer ASICs
参考:
ビットコイン採掘の覇者、AIチップに虎視眈々 | 日経クロステック
比特币最大谜案:宅男3月赚两亿,若未失踪将是币 圈首富频道腾讯网