Raspberry Pi 5(ラズパイ5)は5V5Aという特殊な電源を要求しています。
いまどきのミニPCやシングルボードコンピュータ(SBC)ではUSB PD(USB Power Delivery)給電が主流です。
なぜラズパイ5の電源が5V5Aという特殊仕様になってしまったのか、理由を考察します。

SBCの電源事情

スマートフォンの充電やSBCに使われるUSB電源アダプターの場合、出力電流は最大3A程度です。
電流を増やすよりも電圧を上げたほうが合理的なため、デフォルトの5Vに加えて、9V/15V/20Vといった出力電圧がUSB PD規格で用意されています。

たとえばRaspberry Pi 4Bの業務用代替機として発売されたROCK4SEは、USB PDの9V2A、12V2A給電に対応しています。
また、高性能な次世代SBCとして発売されたROCK5Bは、USB PDの9V2A、12V2A、15V2A、20V2A給電に対応しています。
Radxa ROCK 4SE 製品仕様
Radxa ROCK 5B 製品仕様

ラズパイ5はUSB PD規格自体には対応していますが、5V以外の入力電圧に対応していません。
なぜラズパイ5は5V超のUSB PD給電に対応しなかったのでしょうか?

5V超のUSB PD対応はコストがかかる

まっさきに思い浮かぶ理由がコストです。
5Vを超える入力電圧に対応するには、SBCの電源回路に降圧レギュレーターが追加で必要です。

電源回路は目立たない存在ですが、システムの安定稼働を支える縁の下の力持ちです。
SBCでトラブルを引き起こす原因のひとつがUSBポートやGPIOに供給される5V電源です。
モーターやカメラなど消費電力の大きなデバイスをUSBポートにつなぐと、WiFi/Bluetoothの接続が切れたり、リセットがかかってしまう不具合が典型例です。

5Vを超えるUSB PD給電対応とUSBポートへの安定した5V供給を両立するには高性能な電源回路が必要となり、コストアップにつながります。
たとえば最大20VのUSB PD給電に対応したROCK5Bでは、贅沢にも電源ICを2段構成で使っています。
ROCK5Bの電源仕様

一部用途での安定性や利便性が犠牲になりますが、Raspberry Piのように5V給電に限定すれば、電源回路をコストダウンできます。

ラズベリーパイの見解(2023年10月追記)

Raspberry Pi社CTOのJames Adams氏が、ラズパイ5の電源仕様を5V5Aにした理由を説明する記事が出ました。

(抄訳)
USB-PDの9V3Aを使うこともできましたが、そうなると降圧レギュレーターの追加が必要です。部品を追加するには基板のスペースとコスト、効率が犠牲になります。そのため、性能を追求するときの常套手段として、USB-PDの標準的な仕様からすこし外れますが、5V5Aの電源プロファイルを採用しました。
Behind the scenes with Raspberry Pi 5 | #MagPiMonday – Raspberry Pi

Raspberry Pi 4Bからの移行重視

もうひとつの考えられる理由がラズパイ4B(Raspberry Pi 4B)からの移行促進です。

ラズパイ4Bは今後も販売継続される予定ですが、ラズパイ5のコストパフォーマンスは非常に魅力的です。
ラズパイ4Bからラズパイ5への移行を促進するため、ラズパイ5では機能アップよりもコストダウンを重視し、USB-PDのようにラズパイ4Bが対応していない機能は割り切ったのかもしれません。

5V5A電源の解決策

以上の理由は推測にすぎません。なにはともあれ、ラズパイ5の性能を完全に引き出すには5V5Aに対応した電源が必要です。
やっかいな5V5A電源の解決策を探しました。

ラズパイ純正電源アダプターは日本国内で使用不可

ラズパイ5の発売にあわせて、5V5A出力に対応した純正電源アダプター「27W PD Power Supply」が海外では発売されました。
「27W PD Power Supply」は5.1V/5Aを出力できる非常に珍しい電源アダプターです。出力電圧が通常よりわずかに高い5.1Vに設定されているため、電圧降下に対するマージンが強化されています。
そして何よりも珍しい特徴が5A出力です。通常、27WクラスのUSB PD電源の最大出力電流は3Aです。3Aを超える大電流出力に対応しようとすると、ケーブルが太く、ACアダプターも大型化してしまうため、5V5Aに対応したUSB PD電源は滅多にありません。

まさしくラズパイ5にうってつけな純正電源アダプターですが、PSEマークを取得していないため、残念ながら日本国内では使用できません。

ACアダプター+DCプラグ/USB Type-C変換プラグは危険

日本国内で入手しやすい選択肢として、5V5A出力のACアダプターにDCプラグ/USB Type-C変換プラグを追加する方法も考えられます。

しかし、この方法は少々問題があります。
そもそも変換アダプターは余計な接触抵抗が生じるため、電源ラインへの使用は避けるべきです。
まして5Aという大電流になると接触抵抗による発熱や電圧降下の影響が心配されます。

それとUSB PDのネゴシエーションについても対策が必要です。
USB PDのネゴシエーション処理により、ラズパイ5は5V5Aの電源アダプターが接続されたことを認識します。
5V5AのACアダプターを変換プラグでつなぐ方法だと、USB PDのネゴシエーションが行われないため、ラズパイ5の性能はリミットがかかった状態のままです。
ただし、この問題は/boot/config.txtPSU_MAX_CURRENT=5000等の設定を追加し、EEPROMを書き換えることで対策可能です。

EEPROMを書き換えると、ラズパイ5はUSB PDのネゴシエーションをスキップし、5V5Aの電源が接続されている前提の挙動になります。
例えばラズパイ5がデフォルトでUSBポートに供給できる電流は、合計で最大600mAに制限されていますが、5V5A電源に接続されているときは合計最大1.6Aに引き上げられます。

[Answered] Pi 5 downstream USB supply – Raspberry Pi Forums
Raspberry Pi5 USB-C PD – Raspberry Pi Forums

PoE HAT

ラズパイ5に対応したPoE HATも発売予定です。
PoE HATを通して48Vから5Vに降圧し、GPIO端子に電源供給する仕組みです。

PoEという特殊な電源供給方式ですが、日本国内で安全に使うなら、いちばん無難な方法かもしれません。

GPIOへの5V5A供給

PoE HATのかわりに別途5V電源を用意して、GPIO端子に供給する方法も考えられます。
信号線用のデュポンワイヤーではなく、5Aに対応した適切なケーブルが必要ですが、PoE HATの代替案として検討できそうです。

その他の回避策

どうあがいても5V5Aの電源を用意するのは大変なので、違うアプローチも考えてみました。

セルフパワー方式のUSBハブ

消費電力の大きいUSBデバイスを使うときは、セルフパワー方式のUSBハブから電源を供給することも一案です。

USB PD対応したSBCを使う

そもそもラズパイにこだわる必要があるのでしょうか。
素直にUSB PD給電に対応したSBCに乗り換えたほうがスマートかもしれません。
ROCKシリーズはUSB PDに対応し、高性能な電源回路を搭載したラズパイ代替SBCです。
ROCK 5 Model B – IoT本舗 オンラインストア
ROCK 4 Model SE 4GBメモリ – IoT本舗 オンラインストア

参考情報

Raspberry Pi 5: We interview Eben Upton and James Adams — HackSpace magazine